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静岡地方裁判所富士支部 昭和45年(ワ)88号 判決

原告 国

国代理人 佐藤弘二 外一名

被告 株式会社駿河銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、静岡地方裁判所富士支部昭和四三年(ケ)第一九号不動産任意競売事件につき、昭和四五年五月一日同裁判所が作成した配当表のうち原告に対する配当額〇円とあるを金三〇三万七七四二円と、被告に対する配当額一億三三〇五万八五九八円とあるを金一億三〇〇二万〇八五六円と、それぞれ変更する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

(請求の原因)

一、被告は訴外丸二製紙株式会社所有の別紙〈省略〉(一)記載の工場財団を目的とする根抵当権を有していたところ、昭和四三年四月一日右根抵当権に基づき静岡地方裁判所富士支部に対して任意競売の申立をなし(同庁昭和四三年(ケ)第一九号不動産任意競売事件、以下本件競売事件という。)、同裁判所は同年四月二日競売手続開始決定をした。

しかして、本件競売の目的である工場財団には昭和四二年一〇月一一日すでに富士社会保険事務所長の滞納処分による差押がなされ、次いで昭和四三年三月五日原告の運営する社会保険(健康保険および厚生年金保険)の保険料の徴収機関である岐阜社会保険事務所長により、訴外丸二製紙株式会社の滞納にかかわる保険料債権徴収のため、右差押に対する参加差押がなされ、同年三月六日その旨の登記がなされていた。富士社会保険事務所長の右差押は裁判所の競売手続開始決定に先行していたため、右裁判所は本件競売手続の続行決定をして手続を進行させ、昭和四五年二月二五日本件工場財団の競落許可決定を言渡し、該決定確定後代金交付期日を同年五月一日と指定した。

これより先の同年三月一〇日原告(所管庁、岐阜社会保険事務所、以下同じ)は、執行裁判所たる静岡地方裁判所富士支部に対し別紙(二)滞納金明細のとおり合計金六三六万三一八四円の交付要求をしたが、同裁判所は、同年五月一日午前一〇時の代金交付期日において、出頭した原告に対し「競売売得金一億三五四五万円、被告に対する配当額一億三三〇五万八五九八円、原告に対する配当額〇円」と記載のある配当表を呈示した。

二、しかしながら原告が前記配当から除外されるいわれはない

即ち

1 原告は別紙(三)「滞納金明細」に記載の保険料のうち被告が当該根抵当権を取得した昭和四一年九月一四日以前に納期限が到来している滞納保険料三〇三万七七四二円(各納期限の翌日から代金交付期日の前日までの延滞金を含む)については、被告の当該根抵当権で担保される債権に優先して配当をうけうべき権利を有するものである。

2 そして、原告は、本件工場財団につき、競売申立の登記前に交付要求の一方法である参加差押えの登記(国税徴収法八六条)を了しているから、競売法二七条三項三号の所謂利害関係人として交付要求の手続きをしなくとも、当然に本件売得金について優先配当を受け得るものである。

従つて原告が訴外丸二製紙株式会社の滞納にかかわる保険料債権につき、この交付要求を本件工場財団の競落期日までにしなかつたことを理由に、右保険料債権が配当から除外されるいわれはない。

3 仮りに原告の債権をもつて配当に加入するためには執行裁判所に対しその交付要求をすることを要するとしても原告は国税徴収法第八二条にもとづき昭和四五年三月一〇日適法に交付要求をして競売手続に参加したものであるから右保険料債権を除外して作成された配当表は違法なものというべきである。

尤も、原告の交付要求が本件工場財団の競落期日までになされなかつたことが問題とはなりえようが、本件保険料債権についての交付要求は、民事訴訟法六四六条二項に規定する制限に服することなく、売得金が滞納者の財産に属する間、即ち、配当手続が終了する時まで適法になし得るものというべきである。

蓋し配当要求をなし得る時期について制限を受ける債権は、優先権なき普通債権であつて、優先弁済を受け得る債権は、右時期の制限を受けないものと解すべきところ本件保険料債権は、国税、地方税についで一般債権に先だつて徴収することができる旨規定されており(健保法一一条の三、国健法八〇条三項)、その徴収手続も国税徴収法の定めるところによることになつており(健保法一一条の四、国健法七九条の二)、一種の先取特権が認められている債権であるからである。

また本来、配当要求の時期を制限した規定は、配当手続の渋滞を防止するために設けられた手続規定であつて、この手続上の要請をもつて実体上の優先弁済権が侵害されるようなことは許されないものというべきである。

4 また仮りに原告の債権も本件工場財団の競落期日までにその交付要求をなすべきものだとしても本件保険料債権について、原告は裁判所から「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する政令第九条の通知」を受けなかつたために競売期日を知らず、ために右期日までに計算書の提出ができなかつたのであるから、たとえ交付要求が右期日を徒過していても、現に配当手続きが未了である間になされている以上、適法な届出として配当に加えらるべきである。

5 したがつて、本件保険料債権中被告の根抵当権付債権に優先する金三〇三万七七四二円の限度で配当表記載の被告の配当額金一億三三〇五万八五九八円とあるを金一億三〇〇二万〇八五六円と変更されるべきである。

三、そこで、原告は本件競売の代金交付期日において前記配当表に対して異議の申立をしたが、被告はこれに同意しないので、本訴に及んだ次第である。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因一、の事実は認める。

二、1 同二、1のうち、原告が、被告の本件根抵当権付債権に優先して配当を受くべき債権を有するとの主張は争う。

2 同二、2の主張は争う。

参加差押の性質から考えると参加差押行政庁は競売法二七条三項三号にいう「登記簿に登記したる不動産上の権利者」には含まれない。先取特権を有する民事上の債権にあつてはそれが執行力を有すると否とにかゝわらず、配当に加入するためには配当要求をすることを要するのであつて国税徴収法上執行力を有し且つ先取特権を有する債権といえどもこれと区別する必要はない。

3 同二、3の主張は争う。

本件競売事件の競落期日は昭和四五年二月二五日で、原告は民事訴訟法六四六条によりその日までに交付要求をなすべきところ、これを徒過しているから、執行裁判所が原告に対する配当を除外したのは適法で、原告の請求は理由がない。

配当要求をなし得べき終期を定めた右規定は、執行力または優先権の有無に拘らず、優先弁済を受ける権利を有する抵当権以外の債権全般に適用のある規定であつて先取特権を有する民事上の債権もまた右終期の制限に服することは疑を容れない。国税徴収法上執行力を有し且つ先取特権を有する債権といえどもこれと区別する必要はない。

4 同二、4の主張は争う。

原告の主張する滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する政令第九条の通知は本件について言えば、執行裁判所から続行決定の通知を受けた差押行政庁が参加差押行政庁である原告にその旨を通知すべき旨を規定したもので執行裁判所が直接参加差押行政庁に通知すべき旨を定めたものではない。任意競売手続を続行した執行裁判所は以後の手続は差押行政機関を対象として為せばよいのであつて、参加差押行政機関に為す必要のないことは参加差押の性質上明瞭で、執行裁判所は競落期日を参加差押行政機関である原告に通知する必要はない。原告が交付要求申立を徒過したことは差押行政庁の責任と言い得ても執行裁判所の責任ではない。

5 同二、5の主張は争う。

三、同三、の事実は認める。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、事実関係について

被告は、訴外丸二製紙株式会社所有の別紙(一)記載の工場財団を目的とする根抵当権者であるが、昭和四三年四月一日右根抵当権に基づき静岡地方裁判所富士支部に任意競売の申立をし、同事件は同庁昭和四三年(ケ)第一九号不動産任意競売事件として係属し、同裁判所は同年四月二日同事件につき不動産競売手続開始決定をしたこと、これより先の昭和四二年一〇月一一日訴外富士社会保険事務所長は右工場財団につき滞納処分による差押をし、次いで昭和四三年三月五日原告の運営する社会保険(健康保険および厚生年金保険)の保険料の徴収機関である岐阜県社会保険事務所長は滞納にかゝる保険料債権徴収のため訴外富士社会保険事務所長の右差押に参加差押をし、その旨の登記を経由していたこと、同裁判所は、右工場財団につき競売手続開始決定に先行して右のような滞納処分による差押がなされていたため、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律一七条・九条により本件競売手続の続行決定をして(右続行決定の日が昭和四三年一一月一五日であること、および右決定正本が同年一一月一九日差押行政庁である富士社会保険事務所に送達されたことは本件競売事件の記録上明らかである)本件競売手続を進行させ、昭和四五年二月二五日の競落期日において本件工場財団の競落許可決定を言渡し、該決定は確定したため、本件競売手続は爾後配当手続に移行したこと、原告は右競落期日終了後の同年三月一〇日執行裁判所たる静岡地方裁判所富士支部に別紙(二)滞納金明細のとおり合計金六三六万三一八四円の交付要求をしたこと、同裁判所は同年五月一日午前一〇時代金交付期日において、出頭した原告に対し「競売売得金一億三五四五万円、被告に対する配当額一億三三〇五万八五九八円、原告に対する配当額〇円」と記載のある配当表を呈示したので、原告は直ちに右配当に対して異議を述べたが被告はこれに同意しなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、交付要求の要否について

原告は、本件工場財団につき、競売申立の登記前に交付要求の一方法である参加差押の登記(国税徴収法八六条)を了しているから、競売法二七条三項三号の所謂利害関係人として交付要求の手続をしなくとも、当然に本件売得金について優先配当を受け得るものであると主張する。

しかしながら、本件競売手続においては強制執行続行決定がなされているのであるから、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律一七条、一〇条一項により先行の滞納処分による差押および参加差押は競売手続開始決定があつた後にされたものとみなされるのであつてこの場合徴収職員等が滞納処分による差押に係る国税及びその滞納処分費並びに地方税その他の徴収金の徴収のため配当に加入するためには、一般債権者の配当要求に準じ裁判所に交付要求をしなければならず、競売申立の登記前に参加差押の登記を了していても交付要求をしないで当然に配当を受けられるものでない。このことは同法一七条、一〇条三項にも注意的に定められているところである。

また競売法二七条三項三号に所謂「登記簿上に登記したる不動産上の権利者」とは競売申立の登記以前に不動産登記法一条所定の権利の本登記又はその仮登記をしたものと解すべきであるから(大審院大正一四年一〇月七日決定・民集四巻五一五頁、大阪高裁昭和三四年五月一六日決定高民集一二巻二〇〇頁等参照)、原告の如く滞納処分による差押に参加差押をし、その登記をしたにすぎないものは同法二七条三項四号の利害関係人に該当することのあることは別として、同法二七条三項三号の利害関係人には含まれないというべきである。

従つて原告の右主張は採用できない。

三、交付要求の時期について

競売法による強制執行手続において、国税等の交付要求をすべき時期については明文の定めがないので、これを如何なる時期までにしなければならないかが問題となる。

原告は、保険料債権は、国税、地方税についで一般債権に先だつて徴収することができる旨規定されており(健保法一一条の三、国保法八〇条三項)、その徴収手続も国税徴収法の定めるところによることになつており(健保法一一条の四、国健法七九条の二)、一種の先取特権が認められているのであつて、かかる債権についての交付要求は、民事訴訟法六四六条二項に規定する制限に服することなく、売得金が滞納者の財産に属する間、即ち、配当手続が終了する時まで適法になし得るものというべきであると、主張する。

しかしながら、過剰競売の場合の競落不許に関する民事訴訟法六七五条一項は任意競売手続にも準用されると解すべきであるから、遅くとも競落期日の終了時までには配当にあずかる全債権が確定している必要があり、また配当手続の繁雑、渋滞を避けるために、競落期日以後は債権額の補充すら許さない法意(民事訴訟法六九二条二項、六二八条二項の準用)に照らすときは配当要求の終期について定めた民事訴訟法六四六条二項もまた任意競売手続において準用があるものといわなければならない。そしてこの理は一般の先取特権の如く優先権を有する債権についても異なるところではない。

ところで租税優先の原則(国税徴収法八条等)は、強制換価手続による配当が行われる場合に配当の段階における弁済の順位について租税等がその他の債権に優先して弁済を受けうることを定めたにすぎないのであつてそれ以上に納税人の総財産に対して租税債権等のために一般の先取特権もしくは特別担保権を与えたものではないから、そのことから直ちに租税等の債権について配当に加入すべき時期までも一般私債権とは異なつた特別の優遇措置を講じられるべきだとすることはできない。

従つて配当要求の終期について定めた民事訴訟法六四六条二項は任意競売手続においてなされる交付要求にも準用があるというべきである(東京高裁昭和二九年六月三〇日判決、下民集五巻六号一〇〇〇頁参照)から、この点についての原告の主張は理由がない。

四、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する政令九条の通知の要否

原告は、本件保険料債権について裁判所から「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する政令九条の通知」を受けなかつたために競売期日を知らず、ために右期日までに交付要求および計算書の提出ができなかつたのであるから、たとえ交付要求が右期日を徒過していても、現に配当手続が未了である間になされている以上、適法な届出として配当に加えらるべきであると主張する。

しかしながら、右政令九条による通知は先行の滞納処分による差押をしている徴収職員等は、強制執行続行の決定の告知を受けたときは、その旨を、差押不動産について質権、抵当権等を有する者、仮登記権利者、仮差押または仮処分をした執行裁判所および交付要求をした徴収職員等に通知することを定めたもので執行裁判所が直接参加差押行政庁に通知すべき旨を定めたものではないから原告の右主張はその前提において失当である。

五、よつて原告の請求は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男)

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